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長崎の旬なひと 宮本静江さん

日本の食料自給率は、いまや39%。カロリーベースで考えた時、4割の国民が満たされるだけの食べ物しか、この国では生産されていないというのが現状です。年間5800万トンの食料を輸入に頼りながらも、日々食べずに廃棄される食料品はその1/3=1940万トン。これは、途上国の年間5000万人が満たされる食料に匹敵します。なんとも歪んだ、ねじれた日本の食料事情……最近の異常気象なども考え合わせると、「食料」に対する考え方を改めなければならない時が近づいて(いえ、もうすでに来て)いるのかもしれません。

そんな暗澹たる日本の食料事情に、川棚の長閑な田園風景の片隅から一筋の光を注いでいるのが、今回の旬な女性・宮本静枝さんです。土づくりから、配水にいたるまで1人でコツコツと創りあげたという農園は、宮本さんがこれからの日本における「農」のあり方を問いかけるホームグラウンドとなっています。「農業」ではなく「農」のある生活、食べる人と作る人が同じという小さなサークルを日本中に広げたい!

今、宮本さんが投げかけている小さな試みは、日に日に大きく重みを増しています。宮本さんが「食」について「農」について考える、その原点とは?

宮本静枝 (みやもとしずえ) さんプロフィール
1974年 長崎県佐世保市に誕生
1997年 鹿児島大学農学部生物生産学科育種学研究室卒業
1998年〜2000年
青年海外協力隊 派遣国:フィリピン 職種:稲作
2001年〜2004年
熊本県阿蘇郡、木之内農園にて農業研修。
独立後、ピーマン・カラーピーマンの市場出荷栽培・契約栽培
2005年〜2007年
長崎に帰郷、お米・いちご・少量多品目野菜の直売所出荷・直販
2007年〜2008年
佐世保市花卉栽培農家へ就職。発病・退社
2008年〜2009年
週末野菜もぎとり農園“彩園”立ち上げのため、土づくり
2009年 4月
週末野菜もぎとり農園“彩園”開園
現在に至る

9歳の時に突然舞い降りた「食糧危機」に対する怖れ

緑が揺れる田園の中に、白いテーブルと椅子、ゴーヤ棚の日除け。迎えてくれたのは、大きな帽子の下で朗らかな笑顔を浮かべた宮本さんと、ヤギでした。

宮本さんが園主を務める「彩園」は、会員の方みんなでお米を作ってシェアしたり、自分の好きな野菜を種まきから収穫まで担って育てたり、自分ができる範囲、求める範囲で「農」に関わることができる、会員制の「農」体験農園。

宮本さんが彩園を立ち上げたのは2009年のこと。なぜ、若い女性が1人で「農園」を作ることになったのでしょう。

「私は非農家出身なんです。父はサラリーマンでしたし、自営業でもないんです。それがなぜ、今こうして「農」に関わっているのかというと…実は、9歳の頃に突然、神様のお告げみたいなものでしょうか(笑)。「食料危機がやって来る!」と。子どもの考えることですから、食料危機を防ぐためには、作物が育たない砂漠でも栽培できるお米の品種を作るとか、品種改良すれば途上国でも食料を作ることができるのではないか…と。ですから、人生の岐路を選択するときには、必ず9歳の記憶が根底にあって、それで大学は農学部を目指しました。ですから、元々は農業がやりたかった訳ではなくて品種改良がやりたかったんです。ところがですね、日本の大学というのは、日本人消費者に向けての「育種」が主で、たとえば日本人が好む味であるとか、耐病性に優れた育てやすい野菜を作るとか…、私は途上国でも栽培が可能な頑丈な品種を作りたいのに、大学ではそういったものは求められていなかったんです。数量が落ちても美味しい物、そういったものが求められているのが現状で、それを見ていて、私のやりたいことと違うな……と思うようになっていったんです」。

わずか9歳で、世界の食料危機に心を痛めていたという宮本さん。幼くして自分に与えられた使命を感じ取った宮本さんは、ブレることなく「世界の食料危機を回避する」という一本道を歩み出していました。

研究室を飛び出して、農業の現場へ

「大学での研究が自分の思い描いていたものと違う、と気づいた時に目に入ったのが青年海外協力隊でした。自分では途上国でも育てられる野菜が作れたらいいと思っていたわけですが、途上国の現状も知らないままにそれを考えても、何か違うんじゃないかな…と考えるようになっていたんです。日本から見ると、途上国は「貧しくて大変な国」ですが、果たして本当にそうなのか、現地の人はどう考えているのかを、自分の目で確かめたい!そう思って協力隊に参加することに。2年半、現地にいて分かったことは、食料を作りさえすれば途上国の食料危機はなくなる、という考え自体が間違っていたということ。食料を作っても先進国に搾取されるから途上国の食料危機は起こっているわけで、社会構造の問題なんですよね。途上国の貧困は、先進国の人の消費の仕方によって起きているということに気づいたんです。日本でも自給率が40%に満たないわけですから、輸入に頼ることになりますよね。でも、輸入したものをきちんと食べればまだいいですけど、輸入量の1/3はコンビニなどで期限切れ商品として捨てられているわけです。日本の消費者が「簡単、便利、安い物」を求めすぎた結果、途上国の人たちは飢えながらも、高くで買い上げる日本に食料を売るようになっているのです。そうした現状を目の当たりにするにつけ、日本は何をやっているんだろう…?と。

ジンバブエの人と話をした時に、彼は日本に来て驚いたと言うんです。彼は日本には木が1本も生えていない、と思っていたそうで、日本に緑がたくさんあることに驚いたそうなんですね。というのも、ジンバブエこそかつては緑豊かな国だったのですが、日本がジンバブエの木を高くで買い占めて、今や禿げ山ばかりになっていると。彼に「なぜ日本は自分の国の木を切らないんだ?」と聞かれた時、「人件費がかかるからだよ」とはとても言えなかったです。自分の国にあるものを使わず、ましてや自分たちが食べるものを作ることさえせずに、他の国から輸入しては捨てているという日本の有り様は、とても歪ですよね」。

青年海外協力隊として途上国に赴いた宮本さんが見たものは、奇しくも、歪んでしまった自分の国の現状でした。食料危機を回避するための道筋は、途上国で作ることができる品種を改良することではなく、日本という国の「農」に対する関わり方を変えることだと、宮本さんは気づいたのです。


自給自足。日本に昔からある暮らしを求めて

「日本の現状を見た時に、怖くなったんですね。一昔前は、製造業が盛んで、日本の技術力、勤勉な労働力が社会を支えていましたが、今はお金をお金で買うようなマネーゲーム的なことで日本は成り立っている。製造業にしても、海外に工場を移していたり、技術はない、資源もない国で、この先どうやってこの国は生き残っていくんだろう……と。そうなった時に、自分で食べるものを自分で作る技術、そういうものを確立しておかなくてはいけないし、子どもたちにも伝えておかなくてはいけないと思ったんです。子どもたちは、自分が日々食べているものがどうやって作られているか、見て学ぶような環境はないでしょうし、きっと身近に体験できないまま育ってきていますよね。せめて、食べるものを作る技術さえ身についていれば、どうにかなる。今、気づくべき時なのではないかな、と思うんです。

この「彩園」を作った時、最初は楽しく楽しく、ここに来た時だけでも農業に触れ合ってもらえれば…と思っていたんですが、それだけではいけないな、と。ここで野菜やお米を作る技術を学んで、家の近くで自分の畑を作り育てる…。自分たちの食べる分を自分たちで作れる人が少しずつでも増えてほしい、という風に考えがシフトしてきています。始まりは、楽しく、週末だけ、自分の都合のつく時だけ農業に関わる、というのでいいんです。でも、いずれは、それが自分を助ける技術になってほしい」。

農業を生業とする人だけのものではなく、人が生きていく上で必要な技術と考える。宮本さんの考え方が素晴らしいのは、この点ではないでしょうか。

「農業」ではなく「農」。小さな農村がたくさんある国に

「農業年齢の平均をご存知ですか?今、農業に従事している人の平均年齢は67歳。それは比較的若い人が従事しているところまで含めての平均ですから、この川棚一帯だと70歳は超えていると思います。農業人口の高齢化、それに長崎の地形も重なって、意外と知られていないと思いますが、残念ながら耕作放棄率は長崎が日本一なんです。(耕作放棄…1年以上作付けされず、今後数年も作付けする考えのない土地のこと)新鮮な野菜が安くで買えるので直売所とかも、人気ですが、あれは高齢の農家の方が損得抜きで売っているから新鮮で安いものが買えているだけで、その方たちが農業を離れてしまったら、たちまち直売所から野菜はなくなってしまうことも考えられます。地元で作られた新鮮な野菜がお店からなくなる、そういう状況はもうすぐやってきます。また、直売所のようなお店は、農家の方のほとんどが、儲けが出ていません。だって安いですもん。野菜を作ること、お米を作ることを「職業」として考えてしまうと、とてもあの値段では売れないんです。「農業」を「職業」として考えることに、もしかしたら無理があるのかもしれません。専業ではなく兼業で、自分たちが食べる分だけを自分たちで作る、それが日本にあったスタイルではないでしょうか。だからこそ私は、近所の5軒くらいが寄り集まって、一つの畑を維持するという、小さな農村がたくさんできればいいと思うんです。そのきっかけ作りに、「彩園」を活用してもらえたらな、と願っています」。

やがて来る食料危機を憂いていた少女が、辿り着いた答え。それは原点回帰ともいうべき、「自給自足」の暮らしでした。「彩園」で「農」を学び、生活の中へ持ち帰ることができたら、そこから日本の、世界の食料事情を変えていくことができるのです。「食料危機をどうにかしたい!」というブレない意志を持ち続けた宮本さんは、その信念の強さとは裏腹に柔らかな笑顔と、柔軟な思考がとても魅力的な女性でした。細い身体で鍬を持ち、畑を耕しながら、日本という国の未来までも耕しているようです。


長崎の女性たちへ「女性に求められるのは想像力」

「食べる物に限らず、いろんな物事の裏側や、ここに至るまでの道のりを少しでもいいから想像する、それが大きな力になると思います。なぜ、加工品がいつまでも腐らないのか?スーパーのお肉が変色しないのか?野菜が傷まないのか?すべての事象には理由があります。そのことを、不思議に思うアンテナを磨いていてほしいですね。それが自分自身はもちろん、家族を守ることに繋がるのですから」。

想像力豊かな宮本さんだからこそ、今のスタイルに辿り着けたに違いありません。「食べる」ことは、命をつなぐ大切な行為であり、「食べるものを作る」ことは、命を育てることに他ならない。「農業」ではなく「農」という、命の源を支える技術、今こそ身につける時なのかもしれません。 食べるひとも、作るひとも、大人も、子どもも…訪れた人が、みんな笑顔になれる、そんな農園を目指している宮本さん。土に触れ、自ら汗を流し、新鮮なものを食したとき、きっとこれまでとは違う世界が広がることでしょう。

【編集後記】

宮本さんが運営する「彩園」のブログには、宮本さんの想いが、宮本さんらしい言葉で綴られています。シンプルで飾り気のない言葉だからこそ、心にすっと入り込んでくる珠玉の言葉を、どうぞ堪能してみてください。

最近では、プランター菜園をしているママたちも多いようですが、「農」を体験してみたい…または「農」について教えてほしいと思われている方、ぜひ、宮本さんを訪ねてみてはいかがでしょう?

2012年09月20日:ママ記者M
 
長崎県内で活躍中の女性たちや、長崎出身の県外で頑張る女性たちを、ママモニからピックアップして、インタビュー取材を行います。
「自分らしく、人生を楽しんでいるひと」「夢に向かって、頑張っているひと」「大切なことに熱中しているひと」様々なインタビューを通して、ユーザーの皆さんの自分流の楽しみ方や、何かのヒントが見つかるかも?!刺激的で元気が湧いてくる記事をアップしていく予定です!
もしかすると…つぎは貴方が旬なひと?!