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 女性ばかりの組織を束ねる『女性経営者』伊藤博子さん。MC(マスター・オブ・セレモニー)を育成し、派遣するというビジネスモデルを確立したのは、今から15年前。伊藤さんが26歳の時でした。それまで長崎になかったスタイルを確立し、〈アナウンス倶楽部〉が今の存在感を得るまでには、様々な苦悩と葛藤があったに違いありません。けれど伊藤さんからは、張りつめたような雰囲気は微塵も感じられず、柔らかで伸びやかな空気が流れてくるのです。その陽だまりのような人柄に惹かれ集まって来る人たちとの交流も含め、伊藤さんは与えられた出逢いとチャンスを最大限に生かし、常に新しい活路を見出す天才!女性が生き生きと輝き続けるために必要なブレない「芯」と、時にしなやかに風に吹かれるまま動ける「軽やかさ」を持ち合わせた伊藤さん。同じ女性として、心からリスペクトする伊藤さんの魅力に迫ります!

 物腰といい、ファッションといい、洗練された女性のお手本のような伊藤さんの出身は神奈川県横須賀市。中学2年生の時に長崎市内へやってきて以来、高校卒業までを長崎で過ごしました。卒業後、上京し英語の専門学校へと進学。時代はまさにバブル絶頂で、同級生はキャビンアテンダントなど華やかな職業へと就いていったそうです。

 「語学の専門学校に通っていたこともあり、友人たちはそれこそ、CAなど華やかな世界へ憧れる人ばかり。そんな中で私が目指していたのは「堅実に生きていく」こと(笑)。堅実といえば、銀行員だなって。外資系の銀行なら、将来的に海外にも行くことができるし、英語も活かせる。そういう考えで、20歳の時に銀行へ就職したんです」。

 バブル景気に沸く日本の中心で「堅実に」という言葉を唱えていた若い女性は、もしかすると伊藤さんくらいだったかもしれません。

 「入行と同時に、20歳の娘がゴールドカードを持たされるような時代(笑)。でも私は、カードが好きではなく使ったことはなかったですね。何しろ「堅実に」生きたかったので。
銀行の仕事は、あくまで大きな歯車の中のひとつ。私が休もうが辞めようが誰も困らない、日々の達成感や喜びを感じることも少なくて……そんな毎日に少しずつ物足りなさを感じるようになっていました。22歳の時、家庭の事情で長崎へ。長崎で就職を探す時も、「銀行じゃない仕事」を考えていました」。

 「堅実に生きたい」という気持ちと、やりがいや夢を追い求めたい気持ち。若いからこその葛藤が伊藤さんの中を去来します。東京とは経済も文化もスケールの異なる長崎。そんな長崎で就職活動をする伊藤さんに大きな転機が訪れたのです。


 「就職活動をしていたある日、父が「NBCラジオ スキッピーレポーター募集」という記事を見つけたんですね。なぜか父は、私が幼い頃から「博子は人前に出るのが向いている、レポーターはどうだ。」とずっと言っていて(苦笑)。昔から、そういうことを言われるたびに「どうして私が?」と思っていました。だって私、人見知りだし内向的だし、話す仕事に向いているところなんてまるでなかったから。それでも父がやけに「とにかく受けるだけ受けてみろ」と勧めてくるので、とりえあえずオーディションを受けてみようと。当時のレポーターは半年契約で、内心「辞めたい時に辞められるな」と思っていました(笑)。気軽な感じで受けたオーディションに合格し、私のレポーター生活がスタートしたんです。
 それからの日々は目からウロコの連続でした。長靴を履いてイイダコを獲ったり、長崎のあらゆるところへ赴き、身をもって様々な体験をするんですね。何もかもが初めてのことばかりで、本当に毎日が楽しかった!楽しかったんですけど、毎日が反省でしたね。レポーターの仕事は、体験したことの楽しさや感動を伝えるものなんですけど、それが上手くできなくて…。プロデューサーから「へたくそ」と言われたり、自分でも「こんなに楽しいのに、なぜ伝わらない、伝えられないんだろう」ともどかしくて仕方なかったです。 すぐに辞めるつもりだったはずなのに、「もっと上手になるまで辞められない!上手くなりたい!」という思いで気がつけば3年、レポーターを続けていました」。

 3年のレポーター活動の中で、伊藤さんが得たものは「人に伝える」技術。伝えるために必要なノウハウを、体験を通して身につけた伊藤さんは、次なるステップへと進んで行くのです。

 3年というキャリアが伊藤さんにもたらしたのは、「レポーター以外の「伝える」仕事をしてみたい!」という思いでした。フリーランスになり、新境地を開拓していくのですが、もちろんそこでも様々な葛藤と壁にぶつかったそうです。

 「レポーターを3年続けて、当然のように「他の仕事もしてみたい」と思うようになっていました。フリーアナウンサーという肩書きになり、結婚式やイベントの司会、CMのナレーションなど、それまでやったことがない仕事をいただいて、それはもう楽しくて!毎日「楽しいなぁ、楽しいなぁ」という感じでした(笑)。ずっと1人でやっていたのですが、1年後には1人ではこなしきれないほどの仕事をいただくようになっていたんです。
 実際、ブライダルもイベントもたいてい土曜日か日曜日で、どうしても集中してしまうんですよね。そうなると必然的に1人では処理しきれない。でも私、せっかくオファーしていただいた仕事を断りたくなかったんです。それで考えるようになったのが、「誰かいないかなぁ…」ということ(笑)。当時は、フリーMCが所属する総合的な事務所もなく、知り合いにも誰もいない。「誰かいないかなぁ…誰もいないなぁ…」と諦めていた頃に、奇跡の出逢いがあったんです!」。

 伊藤さんが「奇跡」「天からの贈り物」とまで声を弾ませる出逢いの相手、それは今も〈アナウンス倶楽部〉のチーフとして、伊藤さんの右腕となっているフリーアナウンサーの得丸典子さん。

 「得丸との出逢いはまさにミラクル。当時、OLだった得丸と私はまったく面識もなくて。たまたま得丸が友だちの結婚式の司会を引き受けて、その司会ぶりを私の知人がたまたま見ていたんですね。それで「鍛え甲斐のありそうないいコがいたよ」と、その知人が紹介してくれて。まったくの素人だったわけですが、会った瞬間「この人なら大丈夫!」と直感しました。絶対に上手になる!私が上手にしてみせる!って(笑)。古い言い方をすれば「一番弟子」ということになりますね。とにかく短期間で、私が持っているアナウンスの技術を全て叩き込んで、すぐに仕事に行ってもらいました(笑)。そういう状況にも関わらず、彼女は見事に、仕事を成功させてくれて、これはもう間違いない!と」。

 得丸さんとの出逢いは、単に多くの仕事をこなすということに留まらず、現在の〈アナウンス倶楽部〉の母体ともなる、運命的なものだったのです。

 得丸典子さんとの運命的な出逢いの後、伊藤さんの仕事には「話し方、アナウンス技術の講師」が加わることになりました。

 「15年前に得丸に出逢って、彼女に「伝える技術」を教えていくうちに、人を育てることに喜びを見出していたんです。こう教えるとすぐに身につくとか、こういう教え方だと伝わりやすいとか、得丸がとても良いモデルケースになってくれて。今の〈アナウンス倶楽部〉の礎は得丸との出逢いによってできたと言っても過言はないですね。
 私は、出し惜しみができないというか、したくないんです。アナウンサーという仕事は「職人」的なところがあって、「自分のやり方」ってあるんですよ。自分が長年かけて創りあげた「やり方」を、人に教えることに抵抗がある方もいますよね。私にはそれがないんです(笑)。私が持っているもの全てを、生徒さんに教えていきたい。どんどん盗んでほしいし、私も全部注ぎます。そうやって生徒さんが自信を持って人前で話すことができるようになったり、輝きを増していくのが何より嬉しいから。精神的に自立した女性になるために「自信」は絶対に必要です。そのお手伝いができるのが、今の仕事ですよね」。

 現在、伊藤さんに憧れて〈アナウンス倶楽部〉へと集まった19名のフリーアナウンサーは、長崎を中心に大活躍中!アナウンススクールで学び、夢の「フリーアナウンサー」となった人も多く、女性が夢を叶える場所になっているのです。

 2004年に〈アナウンス倶楽部〉は「a&i」として法人化。一層の活躍に期待がかかりました。

 「正直、それまではチームというか、サークルの延長のような部分もあり、「辞めようと思えば辞められる」と思っていたんです(笑)。ただ、スタッフも増え、仕事もありがたいことに増えていく中で会社化し、いよいよ腹をくくらないといけないと。スタッフの人生がかかっていますので(笑)。
 実は最近、おもしろい仕事のオファーがホームページを見た方からあって。台湾の出版社からなんですけど、台湾人が学ぶ日本語教材のCDナレーションと、日本語の発音の監修を任されたんです。初めは、なんだか怪しい話だなぁと疑ったりもしたんですが(笑)、スタッフとも話して、とりあえず引き受けてみようと」。

 日本語のスペシャリストとして、美しい日本語の発音を吹き込むという新しいジャンルの仕事は、伊藤さんのキャリアの中でも初めてのこと。

 「日本語の美しい発音が求められるという、新たな仕事はとても勉強になりました。何万語もの単語や、日常会話のパターンや最新のニュースを発音を気にしながら録音するわけですから、声はもちろん発音やアクセントを再確認できた良い機会。仕事の内容がどんどん派生して、正直「どこまで行くんだろう…」と思ってます(笑)。仕事の幅が広くなったり、深くなったり…。これも出逢いですし、本当に楽しくて仕方ないんですよね」。

 新しい課題を前にして、目をキラキラと輝かせる少女のような伊藤さん。この好奇心と向上心こそが、人を集め仕事を集める原動力になっているのかもしれません。

 人や仕事との出逢いに恵まれている、と笑顔で語る伊藤さんが、幸せを呼び込むために欠かさないことがあるそうです。

 「トイレ掃除は、この10年毎日欠かしたことはありません。トイレの神様を信じてるんです(笑)。自宅でも事務所でも、トイレ掃除は私の仕事。誰にもさせません(笑)。「トイレの神様」という歌がヒットした時、「ほら!やっぱりねぇ!」と確信したんです。トイレのフタが開いていたら、ガミガミ怒ります(笑)。仕事のことでは怒らないのにぃ…、とスタッフは思っているかもしれませんね」。

 肩の力がスッと抜けて、こちらに温かな空気を送り込んでくれる愛すべきキュートな人柄。女性経営者、ボス、というガチガチのイメージがまるでなく、ただ「大好き!」「この人と一緒に仕事がしたい!」と思わせるのが伊藤さんの最大の魅力のように思います。

 私は相手に完璧を求めたりしません。オンとオフ、厳しさとゆるやかさ、そのバランスだと思っています。オフの時は思いきりゆる〜く楽しんでほしいし、仕事の時はしっかり集中してほしい。女性は結婚、出産というステージがあり、その点で仕事に悩むこともありますよね。同じ母として、女性として、ここで働くスタッフには特性と個性に合わせて仕事に取組んでほしいと思っています。自分らしく、あるがままに、自信を持って一歩を踏み出してみてほしい。なにごとも「やってみないとわからない」んですから」。

【編集後記】

 伊藤さんが見せるリーダー像は、女性ならではのおだやかで柔らかなもの。「バリバリ、グイグイ、1から10まで指示を出す!」ということはなく、大きな枠組みの中で女性たちの自主性と個性にゆだねる器の大きさを感じました。

 ここで働く人、学ぶ人は幸せだろうと思います。「自分らしく、あるがままに」仕事ができたり、「自分らしさ」を知る機会を得たり。伊藤さんの側にいるだけで、じんわりと心が温まり自然と笑顔になる、だから〈アナウンス倶楽部〉の皆さんは、素敵に輝いているのでしょう。いつか私たちも、伊藤さんのように、人に「自信」という最高の贈り物ができる女性になりたいものです!

2011年12月26日:ママ記者M
 
長崎県内で活躍中の女性たちや、長崎出身の県外で頑張る女性たちを、ママモニからピックアップして、インタビュー取材を行います。
「自分らしく、人生を楽しんでいるひと」「夢に向かって、頑張っているひと」「大切なことに熱中しているひと」様々なインタビューを通して、ユーザーの皆さんの自分流の楽しみ方や、何かのヒントが見つかるかも?! 刺激的で元気が湧いてくる記事をアップしていく予定です!
もしかすると…つぎは貴方が旬なひと?!